幸福追求権の保障範囲
通説(人格的利益説)によれば、幸福追求権の保障範囲は「人格的生存に必要不可欠な利益」に限定される。しかし、一般に人格的関連性の希薄な行為についても、平等原則や比例原則などの客観法による憲法的統制は可能である(読本91頁など)。
私生活上の自由(プライバシー権)
情報の取扱方法
学説と判例
通説(自己情報コントロール権説)によれば、憲法13条はプライバシー権を保障する。プライバシー権とは、「個人が道徳的自律の存在として、自ら善であると判断する目的を追求して、他者とコミュニケートし、自己の存在にかかわる情報を『どの範囲で開示し利用させるか』を決める権利」をいう(佐藤203頁)。具体的には、個人情報の本人の意思に反する取得・利用・開示が禁止され(不作為請求権)、本人による閲覧および訂正・削除請求が認められる(作為請求権)。
判例によれば、憲法13条は「国民の私生活上の自由が、警察権等の国家権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているもの」(最大判昭和44・12・24刑集23巻12号1625頁〔京都府学連事件〕)である。そして、憲法13条は、「私生活上の自由」として、「みだりにその容ぼう・姿態(以下『容ぼう等』という。)を撮影されない自由」(最大判昭和44・12・24刑集23巻12号1625頁〔京都府学連事件〕)、「みだりに指紋の押なつを強制されない自由」(最判平成7・12・15刑集49巻10号842頁〔指紋押捺事件〕)、「個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由」(最判平成20・3・6民集62巻3号665頁〔住基ネット事件〕)などを保障する。
このように、自己情報コントロール権説と比較して、判例は、私生活上の自由を憲法上の権利として承認しているものの、その内容は限定的である(個人情報の取得の一部および個人情報の開示に限られる)。
個人情報の取得
個人情報の取得について、判例は、みだりに容ぼう・姿態を撮影されない自由、みだりに指紋の押なつを強制されない自由などを憲法上の権利として承認している。もっとも、この承認は、個別的なものである。
最大判昭和44・12・24刑集23巻12号1625頁(京都府学連事件)
〔判旨〕「個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下『容ぼう等』という。)を撮影されない自由を有する」。「これを肖像権と称するかどうかは別として、少なくとも、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法13条の趣旨に反し、許されない」。
最判平成7・12・15刑集49巻10号842頁(指紋押捺事件)
〔判旨〕「個人の私生活上の自由の一つとして、何人もみだりに指紋の押なつを強制されない自由を有する」。
Column
「判例が『趣旨』や『精神』という文言を使用する場合、憲法上の権利として一段階下の保障を意味する」(読本96頁)。
個人情報の利用
個人情報の利用について、判例は存在しない。
近時の裁判例では、「〔指紋及びDNA型を〕みだりに取得されない自由」のみならず、「〔指紋及びDNA型を〕みだりに利用されない自由」をも憲法上の権利として承認するものが現れている(名古屋地判令和4・1・18判時2522号62頁)。
名古屋地判令和4・1・18判時2522号62頁
〔判旨〕「DNA型(DNA資料とは異なり、あくまで人を識別するための限られた情報としてのデータである。)についても、基本的には識別性、検索性を有するものとして、少なくとも指紋と同程度には保護されるべき情報であるため、何人もみだりにDNA型を採取されない自由を有する」。
「そして、指紋を取得するための指紋の押捺やDNA型を取得するための口腔内細胞の採取は、通常、人の身体に対する侵襲の程度は高くないものであるし、指紋及びDNA型はその情報単独で用をなすものではなく、過去に取得していた指紋及びDNA型との同一性を確認したり、遺留された指紋及びDNA型などと対照したり、データベース化して検索に用いたりすることで意義を発揮するものであることからすれば、みだりに指紋の押捺を強制されない自由やみだりにDNA型の採取を強制されない自由は、身体的な侵襲を受けない自由があるというのみならず、取得された後に利用されない自由をも含意している」。
「指紋及びDNA型は、個人の私生活の核心領域に属する情報、思想信条等の内心の深い部分に関わる情報、病歴や犯罪歴等に関する情報といった秘匿性の高い情報とはいい難く、これと同程度に慎重に扱わねばならない情報とまではいえないが、氏名、生年月日、性別及び住所などの情報のように、一律に登録、管理され、社会生活を営む上で一定の範囲の他者に当然に開示することが予定されている情報とは異なり、万人不同性、終生不変性ないしこれらに近い性質を有するもので、識別性、検索性を備えており、特定のもののみ登録、管理され、他者に対する開示が予定されていない情報という性格を有しており、氏名等に比べれば、より高い秘匿性が認められるべきものであり、それゆえ、公権力からみだりに取得されない自由が保障され、みだりに利用されない自由が保障される」。
個人情報の開示
最判平成20・3・6民集62巻3号665頁(住基ネット事件)
〔判旨〕「個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由を有する」。
「そこで、住基ネットが被上告人らの上記の自由を侵害するものであるか否かについて検討する」。
「住基ネットによって管理、利用等される本人確認情報は、氏名、生年月日、性別及び住所から成る4情報に、住民票コード及び変更情報を加えたものにすぎない。このうち4情報は、人が社会生活を営む上で一定の範囲の他者には当然開示されることが予定されている個人識別情報であり、変更情報も、転入、転出等の異動事由、異動年月日及び異動前の本人確認情報にとどまるもので、これらはいずれも、個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報とはいえない。これらの情報は、住基ネットが導入される以前から、住民票の記載事項として、住民基本台帳を保管する各市町村において管理、利用等されるとともに、法令に基づき必要に応じて他の行政機関等に提供され、その事務処理に利用されてきたものである。そして、住民票コードは、住基ネットによる本人確認情報の管理、利用等を目的として、都道府県知事が無作為に指定した数列の中から市町村長が一を選んで各人に割り当てたものであるから、上記目的に利用される限りにおいては、その秘匿性の程度は本人確認情報と異なるものではない。」
また、「住基ネットによる本人確認情報の管理、利用等は、法令等の根拠に基づき、住民サービスの向上及び行政事務の効率化という正当な行政目的の範囲内で行われているものということができる。住基ネットのシステム上の欠陥等により外部から不当にアクセスされるなどして本人確認情報が容易に漏えいする具体的な危険はないこと、受領者による本人確認情報の目的外利用又は本人確認情報に関する秘密の漏えい等は、懲戒処分又は刑罰をもって禁止されていること、住基法は、都道府県に本人確認情報の保護に関する審議会を、指定情報処理機関に本人確認情報保護委員会を設置することとして、本人確認情報の適切な取扱いを担保するための制度的措置を講じていることなどに照らせば、住基ネットにシステム技術上又は法制度上の不備があり、そのために本人確認情報が法令等の根拠に基づかずに又は正当な行政目的の範囲を逸脱して第三者に開示又は公表される具体的な危険が生じているということもできない。」
なお、「データマッチングは本人確認情報の目的外利用に当たり、それ自体が懲戒処分の対象となるほか、データマッチングを行う目的で個人の秘密に属する事項が記録された文書等を収集する行為は刑罰の対象となり、さらに、秘密に属する個人情報を保有する行政機関の職員等が、正当な理由なくこれを他の行政機関等に提供してデータマッチングを可能にするような行為も刑罰をもって禁止されていること、現行法上、本人確認情報の提供が認められている行政事務において取り扱われる個人情報を一元的に管理することができる機関又は主体は存在しないことなどにも照らせば、住基ネットの運用によって原審がいうような具体的な危険が生じているということはできない。」
「そうすると、行政機関が住基ネットにより住民である被上告人らの本人確認情報を管理、利用等する行為は、個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表するものということはできず、当該個人がこれに同意していないとしても、憲法13条により保障された上記の自由を侵害するものではない」。
判例は、「個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない自由」を憲法上の権利として承認しているから、個人情報の開示という文脈において、「前科及び犯罪経歴をみだりに公開されない自由」などと個別的に論じる必要が失われている。
Column
最判昭和56・4・14民集35巻3号620頁(前科照会事件)は、「前科及び犯罪経歴(以下『前科等』という。)は人の名誉、信用に直接にかかわる事項であり、前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有する」と述べているが、これは国家賠償という文脈に限定される説示である。「私生活上の自由」として黙示的に認められているという理解もある(射程88頁)。
最判平成15・9・12民集57巻8号973頁(講演会名簿提出事件)は、「学籍番号、氏名、住所及び電話番号」のような個人情報が「プライバシーに係る情報として法的保護の対象となる」と述べているが、これは不法行為(私人による個人情報の開示)という文脈に限定される説示である。
また、判例は、個人情報が「第三者に開示又は公表される具体的な危険」を審査しているものと解される。目的手段審査ではなく危険性審査が用いられている(構造審査)。
情報の性質
学説
自己情報コントロール権説は、保障範囲の画定や審査基準の設定に際して、情報を人格的関連性の観点から、人格的関連性の強い「プライバシー固有情報」(「プライバシー固有情報」は、政治的・宗教的信条にかかわる人格的関連性の強い情報や、心身に関する基本情報、前科などのセンシティブ性が高い情報を含む。)と、人格的関連性の弱い「プライバシー外延情報」(「プライバシー外延情報」は、氏名・生年月日・住所などの本人確認情報や税に関する情報を含む。)に区別する。
判例
判例も、「個人の私生活や人格、思想、信条、良心等個人の内心に関する情報」と「それ以外の情報」の区別を意識している。
最判平成7・12・15刑集49巻10号842頁(指紋押捺事件)
〔判旨〕「指紋は、指先の紋様であり、それ自体では個人の私生活や人格、思想、信条、良心等個人の内心に関する情報となるものではないが、性質上万人不同性、終生不変性をもつので、採取された指紋の利用方法次第では個人の私生活あるいはプライバシーが侵害される危険性がある。このような意味で、指紋の押なつ制度は、国民の私生活上の自由と密接な関連をもつものと考えられる。」
「個人の私生活上の自由の一つとして、何人もみだりに指紋の押なつを強制されない自由を有する」。
判例によれば、指紋は、「個人の私生活や人格、思想、信条、良心等個人の内心に関する情報となるものではない」が、「性質上万人不同性、終生不変性をもつので、採取された指紋の利用方法次第では個人の私生活あるいはプライバシーが侵害される危険性がある」から、「指紋の押なつ制度は、国民の私生活上の自由と密接な関連をもつ」。このような密接関連性から、指紋という本人確認情報も保障範囲に含まれる。
なお、指紋の「万人不同性、終生不変性」という性質は、DNA型などについても語れるであろう。
最判平成20・3・6民集62巻3号665頁(住基ネット事件)
〔判旨〕「住基ネットによって管理、利用等される本人確認情報は、氏名、生年月日、性別及び住所から成る4情報に、住民票コード及び変更情報を加えたものにすぎない。このうち4情報は、人が社会生活を営む上で一定の範囲の他者には当然開示されることが予定されている個人識別情報であり、変更情報も、転入、転出等の異動事由、異動年月日及び異動前の本人確認情報にとどまるもので、これらはいずれも、個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報とはいえない。これらの情報は、住基ネットが導入される以前から、住民票の記載事項として、住民基本台帳を保管する各市町村において管理、利用等されるとともに、法令に基づき必要に応じて他の行政機関等に提供され、その事務処理に利用されてきたものである。そして、住民票コードは、住基ネットによる本人確認情報の管理、利用等を目的として、都道府県知事が無作為に指定した数列の中から市町村長が一を選んで各人に割り当てたものであるから、上記目的に利用される限りにおいては、その秘匿性の程度は本人確認情報と異なるものではない。」
判例は、住基ネットで扱われるすべての情報について、「個人の内面に関わるような秘匿性の高い情報とはいえない」として、審査の厳格度を緩和している(読本86頁)。
人格権
名誉権
最大判昭和61・6・11民集40巻4号872頁(北方ジャーナル事件)
〔判旨〕「人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価である名誉を違法に侵害された者は、損害賠償(民法710条)又は名誉回復のための処分(同法723条)を求めることができるほか、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができる」。
氏名権
最判昭和63・2・16民集42巻2号27頁(NHK日本語読み事件)
〔判旨〕「氏名は、社会的にみれば、個人を他人から識別し特定する機能を有するものであるが、同時に、その個人からみれば、人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成する」。
最大判平成27・12・16民集69巻8号2586頁(夫婦別姓事件)
〔判旨〕「婚姻の際に『氏の変更を強制されない自由』が憲法上の権利として保障される人格権の一内容であるとはいえない。」
自己決定権
学説によれば、自己決定権とは、「私的な事柄について公権力の干渉を受けることなく自分で決定する権利」であり、①「自己の生命・身体の処分にかかわる事柄」、②「家族・親密な人的結合にかかわる事柄」、③「リプロダクションにかかわる事柄」、④「その他の事柄」に分けられる。
判例は、自己決定権を(明示的に)承認するに至っていない。
Column
最判平成12・2・29民集54巻2号582頁(エホバの証人輸血拒否事件)は、「患者が、輸血を受けることは自己の宗教上の信念に反するとして、輸血を伴う医療行為を拒否するとの明確な意思を有している場合、このような意思決定をする権利は、人格権の一内容として尊重されなければならない」と述べているが、これは不法行為という文脈に限定される説示である。
生命・身体の権利
最大判令和5・10・25民集77巻7号1792頁(性別変更手術要件事件)
〔判旨〕「自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由(以下、単に『身体への侵襲を受けない自由』という。)が、人格的生存に関わる重要な権利として」、憲法13条によって保障されている。
「本件規定は、治療としては生殖腺除去手術を要しない性同一性障害者に対して、性自認に従った法令上の性別の取扱いを受けるという重要な法的利益を実現するために、同手術を受けることを余儀なくさせるという点において、身体への侵襲を受けない自由を制約するものということができ、このような制約は、性同一性障害を有する者一般に対して生殖腺除去手術を受けることを直接的に強制するものではないことを考慮しても、身体への侵襲を受けない自由の重要性に照らし、必要かつ合理的なものということができない限り、許されない」。
「本件規定が必要かつ合理的な制約を課すものとして憲法13条に適合するか否かについては、本件規定の目的のために制約が必要とされる程度と、制約される自由の内容及び性質、具体的な制約の態様及び程度等を較量して判断される」。
「本件規定による制約の必要性は、その前提となる諸事情の変化により低減している」。また、本件規定は、「二者択一を迫るという態様により過剰な制約を課すものであるから、本件規定による制約の程度は重大なもの」である。そのため、「本件規定による身体への侵襲を受けない自由の制約については、現時点において、その必要性が低減しており、その程度が重大なものとなっていることなどを総合的に較量すれば、必要かつ合理的なものということはできない」。
「よって、本件規定は憲法13条に違反する」。
身体への侵襲を受けない自由は、人格的生存に関わる「重要な権利」である。
客観法的統制
なし。